ベテラン社員の経験をどう引き継ぐ?|暗黙知を言語化するOJTの質問方法 お役立ちコラム2026.09.16
「今までは、このやり方で大丈夫だったから」
職場で、ベテラン社員からこのような言葉を聞くことはないでしょうか。
長年の経験に基づく判断は、組織を支える大切な力です。一方で、その判断基準が本人の感覚にとどまり、若手社員へ十分に引き継がれていない職場も少なくありません。
例えば製造業では、機械の音や振動、製品の色や手触りなどから、ベテラン社員が異常を察知していることがあります。
営業職であれば、顧客の何気ない言葉や表情から、受注の可能性や懸念点を読み取っているかもしれません。接客業では、お客様の様子を見ながら、声をかけるタイミングや対応方法を変えていることもあります。
こうした経験に基づく知識を若手へ引き継ぐには、仕事の手順だけでなく、「何を見て、どのように判断しているのか」を言葉にすることが重要です。
今回は、ベテラン社員が持つ暗黙知を引き出し、若手育成やOJTに生かす質問方法について考えます。
「今まで大丈夫だった」は危険信号かもしれない
仕事の中で「いつもと少し違う」と感じながらも、「これくらいなら大丈夫だろう」と報告せず、そのまま進めてしまうことがあります。
その背景にある心理の一つが「正常性バイアス」です。
正常性バイアスとは、異常や変化の兆候があっても、「今まで問題がなかったから、今回も大丈夫だろう」と考え、危険や問題を小さく捉えてしまう心の働きです。
例えば製造業では、若手社員が設備の音や製品の状態に違和感を覚えても、ベテラン社員から「いつものことだから」と言われると、自分の感覚に自信を持てなくなることがあります。
ほかの職場でも、同じようなことは起こります。
- 顧客の反応が以前と少し変わっている
- 業務上の数字に小さなずれがある
- 問い合わせやクレームの内容に変化が見られる
- これまでの手順では時間がかかるようになっている
- 若手社員が同じところで繰り返しつまずいている
こうした小さな違和感は、業務上の問題や顧客ニーズの変化、職場のリスクを早い段階で知らせるサインかもしれません。
過去に問題がなかったからといって、今も同じ条件とは限りません。顧客、商品、設備、システム、人員構成など、職場を取り巻く環境は少しずつ変化しています。
ベテラン社員の経験を尊重しながらも、「今まで大丈夫だった」という理由だけで判断を終わらせないことが大切です。
ベテランの指導が「経験すれば分かる」で終わる理由
ベテラン社員は、長年の経験から、状況に応じてさまざまな判断や工夫をしています。
例えば、次のようなものです。
- 製造現場で、音やにおいから設備の異常を察知する
- 営業の場で、顧客の反応を見ながら提案内容を変える
- 接客の場で、お客様との距離感や声をかけるタイミングを調整する
- 事務作業で、数字や書類のわずかな違和感から入力ミスに気づく
- マネジメントの場で、部下の様子から声をかける必要性を判断する
こうした判断力は、一朝一夕に身についたものではありません。多くの経験や失敗を通じて培われたものです。
ところが、熟練すればするほど、自分がどのように判断しているのかを説明しにくくなることがあります。
本人にとっては当たり前にできるため、若手社員がどこで迷うのか、何が分からないのかを想像しにくくなるからです。これは「知識の呪い」と呼ばれる心理現象にも通じます。
その結果、若手への指導が次のような言葉で終わってしまいます。
- やっていれば、そのうち分かる
- 場数を踏めば身につく
- その場の空気を読んで判断する
- 前と同じようにやれば大丈夫
- 自分の感覚で考えてみて
若手社員に経験を積ませることは必要です。しかし、判断するための視点が示されないままでは、同じ経験をしても学びにつながらないことがあります。
暗黙知を引き出すには「聞き方」を具体的にする
ベテラン社員の経験を言語化するには、「どのように仕事をしていますか」と漠然と聞くだけでは不十分です。
本人にとって無意識の行動であるほど、全体を尋ねられても説明することが難しいからです。
大切なのは、実際の場面を切り取り、判断の根拠を具体的に尋ねることです。
例えば、次のような質問が有効です。
- いつもと何が違うと感じましたか?
- 最初に気になったのは、どの部分ですか?
- 判断の決め手は何でしたか?
- 新人が見落としやすい点はどこですか?
- 今、何を見て判断したのですか?
- そのまま進めると、何が起こると考えましたか?
- うまくいく場合と、うまくいかない場合の違いは何ですか?
- 過去のどのような経験が、今回の判断に生きていますか?
こうした質問によって、ベテラン社員が無意識に見ていたポイントや、判断に使っていた基準が少しずつ言葉になります。
単に「何をしたか」だけでなく、「何が違ったか」「なぜそう考えたか」「何を心配したか」を聞くことが、暗黙知を引き出すポイントです。

経験の継承は、ベテランだけの仕事ではない
経験の継承というと、ベテラン社員が若手へ一方的に教えるものだと思われがちです。
しかし、ベテラン本人も、自分が持っている経験や判断基準のすべてを自覚しているわけではありません。
若手社員から具体的に質問されることで、初めて「自分はここを見ていたのか」「過去のこの経験を基に判断していたのか」と気づくこともあります。
つまり、経験の継承は、教える側と教わる側が一緒に知識を言葉にしていく取り組みです。
若手社員に質問する力を身につけてもらうことは、OJTの効果を高めるうえでも重要です。
分からないことを教えてもらうだけでなく、自ら判断の根拠を尋ねることで、観察力や思考力も育っていきます。
違和感や疑問を口にできる職場づくり
質問の仕方を学んでも、「こんなことを聞いたら怒られるかもしれない」「自分の判断が間違っていたら恥ずかしい」と感じる職場では、若手社員はなかなか発言できません。
そこで重要になるのが、心理的安全性です。
心理的安全性とは、質問や相談、異論、失敗の報告などをしても、頭ごなしに否定されたり、不利益を受けたりしないと感じられる状態です。
若手社員から相談や報告があったとき、最初に「それくらい大丈夫」「考えすぎだよ」と否定してしまうと、次の発言が出にくくなります。
まずは、次のような言葉で受け止めることが大切です。
- 気づいてくれてありがとう
- どこが違うと感じたのか教えてください
- そう考えた理由を聞かせてください
- 念のため、一緒に確認してみましょう
相談や報告が増えることは、必ずしも問題が増えたことを意味しません。
これまで表に出てこなかった違和感や疑問が、早い段階で共有されるようになった可能性もあります。
今週からできる経験継承の第一歩
職場で「○○さんにしかできない」と言われている仕事を、一つ思い浮かべてみてください。
その仕事に立ち会う機会があれば、次の質問を一つだけしてみましょう。
「今、何を見て決めたのですか?」
答えてもらった内容は、できれば次のように整理します。
- どのような状況だったか
- いつもと何が違っていたか
- 何を根拠に判断したか
- どのような対応を取ったか
- 対応しなかった場合、どのような問題が考えられたか
これを積み重ねることで、個人の感覚に頼っていた判断を、ほかの社員も学べる知識へ変えていくことができます。
組織の強さは、経験が受け継がれる仕組みにある
強い組織とは、優れたベテラン社員がいる組織だけではありません。
その人が培ってきた経験や判断基準が共有され、次の世代へ受け継がれていく組織です。
そのためには、マニュアルを整備するだけでなく、ベテラン社員が何を見て、何を感じ、どのように判断しているのかを丁寧に引き出す必要があります。
経験の継承は、大がかりな制度づくりだけから始まるものではありません。
「今、何を見て決めたのですか?」
職場での、この一言から始めることができます。
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